恋多きクイーン・ヴィクトリアの最後の日々を描いた映画
『ヴィクトリア女王 最後の秘密』(2017年公開)は、イギリス映画の真骨頂とも言える、王族が主役のコスチューム・ドラマ(時代劇)です。
原題:は‘Victoria & Abdul´。『ヴィクトリアとアブドゥル』ですね。
主役のヴィクトリア女王は国家元首としてだけでなく、生き生きとした感情の持ち主として、また、一途に相手を思う愛情深い女性としても知られています。
そんな彼女が晩年に出会ったアブドゥルは、それまでの人生では出会わなかったタイプ。
人生の黄昏時に相応しい、神様からの贈り物のような男性でした。
ヴィクトリア女王ってどんな人?
ここで簡単にヴィクトリア女王について。
本名をアレクサンドリナ・ヴィクトリア(Alexandrina Victoria)というこの女性は、1819年5月24日ロンドンで生を受けます。
国王ジョージ3世の孫にあたりますが、父のケント公は四男であったため、誕生時の王位継承権はそれほど高くありませんでした。
しかし、生まれて間もなく父が亡くなり、3人の伯父たちにも嫡子がいない、もうできないという事実がはっきりした時点で状況は一変。
先代の王である伯父ウィリアム4世の逝去を受け、18歳の若さで女王に即位します。
それから実に63年7ヶ月の長きにわたり、大英帝国の女王として君臨しました。
なお、この在位期間は現在のエリザベス女王に次ぐ長さです。
ヴィクトリア女王はエリザベス女王の高祖母。エリザベス女王のお祖父さんのお祖母さんにあたります。
ちなみに、もう1人有名な女王・エリザベス1世も44年と在位が長めでした。
短命な人も多かった王に比べ、女王達は元気で長生きして国の安定と発展に貢献していますね。
あらすじ解説【後半ネタバレあり】
物語の始まりは、1887年のゴールデン・ジュブリー(在位50周年記念式典)。
当時の実際の写真が残されています(下)。若い頃からふくよかだったヴィクトリア女王、堂々として貫禄たっぷりですね。
この時代の68歳としては、格段に若々しかったのではないでしょうか。映画のジュディ・デンチ演じる女王はもっと老けた印象です。
記念式典の最中、植民地インドからモハール(Mohur)というコインを女王に捧げることになりました。
(このモハール、女王はおろか家臣やインド側の人達も「ナニソレ?」的な扱いですが(^^;)、こういう無駄なことを尤もらしく行うのが式典というものなのでしょう…)
この役目のためだけに、はるばるインドから2人の男性が呼ばれます。
その1人がアブドゥル・カリム。刑務所の書紀をしていただけですが、たまたま選ばれてしまいました。
当日、決して女王と目を合わせてはいけないと言われていたのに、アブドゥルは女王の顔をしっかり見てしまいます。
ヴィクトリア女王も、ハンサムでエキゾチックな青年アブドゥルに関心を持ちます。
実は女王は、30年近く前に仲睦まじかった夫アルバート公を亡くし、その後に出来たお気に入りの従僕ジョン・ブラウンも数年前に失っています。
若い頃に頼りにしていた政治家や女官たちも次々と亡くなったり辞職したりしており、皇太子である息子は女王自ら「愚鈍」と評するほど頼りにならず、老いと孤独を感じる日々を過ごしていたのです。
そんな彼女は、当然アブドゥルを近くに呼び寄せます。
礼儀正しくもおしゃべりで、女王の靴に口づけるなど、イギリス宮廷のマナーを軽々と飛び越えてしまうアブドゥルは、たちまち女王のお気に入りに。
スコットランドやワイト島へのホリデーにも連れて行き、屋敷の一部をインド風に改装、さらにはウルドゥー語を学ぶなど、どんどん傾倒していきます。
さらには「ムンシ」(先生)と呼んで、人生の真理についてまで話し合い、インスピレーションを受けるようになりました。
その様子に、首相や側近達、息子のバーティは眉を顰めるばかり。
何かと女王にアブドゥルの出自の低さや病気などを吹き込んだり、とばっちりでインドに帰れなくなった同僚のモハメド氏を焚き付けて悪い話を集めようとします。
しかし多少の波風はあっても、女王のアブドゥルへの信頼は変わりません。
側近たちのアブドゥルへのひどい扱い、息子の親をないがしろにする態度に憤った女王は、遂に「アブドゥルにナイトの称号を与える」とまで言い放ちます。
これには召使い達まで総出で「そんなことをするなら辞める」と訴えます。
「女王に対する反逆だ」と憤った女王ですが、全員を集めて「辞めるなら、私の前で堂々と辞めなさい」と言い渡します。
女王の威厳に恐れ入った側近や女官たちは、誰も辞めると言えません。
女王もそこで歩み寄る姿勢を見せ、ナイトの称号の代わりに「個人的な謝意を示すため」アブドゥルに勲章を授与するに留めることを約束しました。
ヴィクトリア女王の最後の時が迫り…(※ラストを知りたくない人は飛ばしてください)
80歳を超え、体力の衰えと共に病を得て、遂に女王も最期が近いことを悟ります。
ベッドの上で、今やただの小さな老婆となったヴィクトリアの枕元に、息子や孫のドイツ皇帝ヴィルヘルム2世などが集まります。
アブドゥルは当然部屋から追い出されていましたが、女王のたっての願いで、2人だけで話す時間を持てました。
親密な会話を交わし、女王はムンシに今生の別れを告げます。
そして静かに81年の波乱に満ちた生涯を閉じたのです。
しかし、唯一の後ろ盾を失ったアブドゥルとその家族には、ゆっくり悲しんでいる暇もありませんでした。
国王エドワード7世となったバーティは、ヴィクトリア女王とアブドゥルの親交の証を残すことを許さず、思い出の品をすべて焼き払ってしまったのです。
なおかつ「即刻インドへ帰るように」と言い渡しました。
悲嘆に暮れるアブドゥルに、妻はそっと、隠しておいたロケットを渡します。
それは、元気だったころの女王からもらった、大事な大事なプレゼントでした。
インドに帰ったアブドゥルは、女王が遂にその目で観ることが叶わなかったタージ・マハルのそばで、女王の像に語りかけます。
「ご機嫌いかがですか、私のクイーン?」
実話というのは本当?
上の写真は1893年に撮影されたもの。この映画は実話を元にして製作されています。
しかし、映画のラストにあった通り(またはそれに近い感じで)、ヴィクトリア女王とインド人アブドゥルの親交の記録や手紙は公にされず処分されたため、長い間この話は世に出ていなかったそうです。
実際のアブドゥルは、女王の配慮で潤沢な資産を手にしており、故郷のアーグラに帰ってからも豊かに暮らしたそうです。
亡くなった時は46歳という若さでした。
イスラム教徒であったアブドゥルの遺族はその後、パキスタンに移住しています。
それが2010年になってアブドゥルの日記が公開され、さらにシュラバニ・バスによって一冊の本にまとめられました。
そのため、大元のストーリーは事実と考えて良いと思います。ただ、細部に関しては映画として盛り上げるためのフィクション部分と思ったほうが良さそうです。
キャスト解説
- ヴィクトリア女王 ジュディ・デンチ
この作品の20年前にも『Queen Victoria 至上の恋』(原題‘Mrs. Brown´)でヴィクトリア女王を演じています。老いのさびしさと女王の誇りや苦難といった、1人の女性の中にある多面性を演じきり、まさに適役といったところです。
- アブドゥル・カリム アリ・ファザル
ハンサムで優しい青年アブドゥルを演じたアリはインド生まれ。他に『ワイルド・スピード7』(原題Fast & Furious 7)などに出演しています。
- サリスブリー卿 マイケル・ガンボン
『ハリー・ポッター』シリーズのダンブルドア校長役でおなじみのマイケル・ガンボン。アイルランド生まれの役者さんです。
- ヘンリー・ポンソンビー ティム・ピゴット=スミス
生粋のイングランド人であるティムは、イギリスの舞台やTVを中心に活躍していました。残念ながら、この映画が公開された2017年に亡くなっています。
映画の名所を訪れるならこちら
オズボーン・ハウス
映画の中で多く登場するのは、ヴィクトリア女王が亡くなった場所であるオズボーン・ハウス(Osborne House)。
映画のロケとして使われたのは初めてだそうです。
イギリスの南、ワイト島の北側にあります。ワイト島は温暖で観光地としての人気も高く、ロンドンからも行きやすい島です。ポーツマスやサウスハンプトンなどからフェリーで行かれます。
生前の女王はここがお気に入りで、「これ以上きれいな所はない」と言っていたそうです。
詳しくはこちら(イングリッシュ・ヘリテージのサイトに飛びます)↓
バルモラル城
映画の中で、ヴィクトリア女王が最初にアブドゥルを連れて行くバルモラル(Balmoral)・エステートのお城です。現在ではエリザベス女王のお気に入りで、まめに滞在しているのだとか。
スコットランドのアバディーンにあります。暑いインドから来たアブドゥル達にはかなり寒かったようですね(^^;)。
ちなみにエステート内の宿泊施設には、アブドゥルの名字からとったカリム・コテージ(Karim Cottage)があります。こちらは実際にヴィクトリア女王がアブドゥルのために建てたものをリノベーションして使っているとのことですよ!
アバディーンはややリモートな印象が強いところですが、バルモラル城だけでなく周辺の雄大な自然も魅力たっぷり。
スコットランドへ行くなら、ぜひ足を伸ばしてみたいですね。詳細は下記の公式サイトからどうぞ。
ちょっと笑えて、ちょっと切ない映画です
優しくおかしく、ちょっぴり切ない『ヴィクトリア女王 最後の秘密』。
女王と言えども、真にハートでつながれる相手はなかなか見つからず、
女王という立場ゆえに、真の友人に出会っても祝福されるとは限らない…。
ハートウォーミングと言うには、人生の悲哀をたくさん感じさせられる映画です。
でも、人生の最後に、性別や階級、人種の垣根を越え、こんな風に優しい関係になれる相手が見つかったヴィクトリア女王を、羨ましいと思ってしまいます。
人生は甘くないことは知ってるけど、映画で優しい気持ちになりたい時に、ぜひおすすめしたい映画です!