イギリスを代表する風景画家、ターナーの後半生を描く映画
『ターナー、光に愛を求めて』(原題;Mr. Turner)は、19世紀前半に活躍したイギリスの画家、ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(Joseph Mallord William Turner)の壮年期から亡くなるまでを描いた映画です。
英・独・仏の三カ国が制作、イギリス人のマイク・リーが監督して2014年に公開されました。
アカデミー賞4部門でノミネートされ、主演のティモシー・スポールはカンヌ映画祭で男優賞に輝くなど、世界中で高い評価を受けた作品です。
予告動画はこちら
主演のスポールは正統派イギリス俳優
ティモシー・スポール(Timothy Spall)を見て「この人ハリポタで見た!」と思った人は多いのではないでしょうか。
Happy 62nd Birthday to Timothy Spall! He played Peter Pettigrew in the Harry Potter films.#HappyBirthdayTimothySpall pic.twitter.com/oObHeplfj0
— Harry Potter World (@PotterWorldUK) February 27, 2019
あの卑屈で小狡い、嫌われ者キャラのワームテールことピーター・ペティグリューを演じた俳優さんです。人間の姿でもネズミっぽい様子が、役柄にハマっていましたよね。
でも実はスポールは、トム・クルーズや渡辺謙が出ていた「ラストサムライ」や、リー監督の出世作「秘密と嘘」など多数の映画に出演する実力派俳優なのです。
「英国王のスピーチ」ではウィンストン・チャーチルを演じました。ワームテールとはほど遠いイメージで、彼の演技の幅の広さを感じさせますね!
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜【ティモシー・スポール略歴】〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
・1957年2月27日 ロンドン生まれ
・父は郵便配達員、母は理容師
・王立演劇学校(RADA)やロイヤル・シェイクスピア・カンパニーなどに在籍していた
・1999年 大英帝国勲章(OBE)授与
・1996年に急性骨髄性白血病の診断を受けるが、現在は寛解している
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一時は白血病で「余命3日」の宣告を受けたことも!
1996年、39歳にして急性骨髄性白血病の診断を受けたスポール。
この時、なんと医師からは「余命3日」との宣告があったとか!
スポールには、1981年に結婚したシェインさんという女性との間に3人のお子さんがいます。
短すぎる余命宣告は父親として、俳優として、大変な衝撃だったろうと想像されます。
でも、余命宣告を乗り越え、世界中で知られる俳優になったガッツは素晴らしいですね!
スリムになった秘訣は?
ちなみにティモシー・スポールは、ターナー役の後しばらくしてからダイエットを敢行しました。
その姿は思わず「誰?」と二度見してしまうくらい変わっています。
Girlfriend is watching a movie starring a guy who looks like a skinny Timothy Spall. It is, in fact, skinny Timothy Spall. When did this happen? pic.twitter.com/0I1kLzeIep
— Tim Byrnes (@timbyrnes89) October 29, 2019
実際に何kg痩せたのかは公表していないそうですが、そのダイエット方法は極めて王道で、
「食べるものを減らして、運動量を増やしたんだよ。飲む量もコントロールしたんだ。」
とのこと(やっぱり、楽して痩せるのは無理ですかね…^^;)。
スポールの場合、痩せたことでオファーが来る役の幅が広がったそうです。
還暦前後の年齢でダイエットを成功させて、新たな役への道を開くとは、すごいプロ根性ですね!
参照記事 ’Timothy Spall reveals STAGGERING weight loss as he stars in new movie Mrs Lowry’
スポールのターナーは、気難しいようで気さくな面もあり、女性を大事にしない反面、父親には少年のように甘えてみたりと、芸術家の複雑な内面を細やかに表現しています。
難しい性格のターナーが、物語の後半で心優しい未亡人と心を寄せ合い、彼女の前では人間らしく、愛すべき人柄を表していく演技が秀悦です!
最新作でも画家を演じるスポール
私は未視聴ですが、最新作’Mrs. Lowry and Son’(イギリスでは2019年8月30日公開)でも、スポールはイギリスの画家を演じています。
この作品は20世紀の画家ラウリー(L.S.Lowry)とその母親を描いた映画。
体が弱く、ベッドで生活していた母親の面倒を見ていたころのラウリーの作品には不穏な雰囲気があり、彼の感じていたストレスや重圧が表れています。
そんな2人の関係を描いた映画ですから、スポールは、『ターナー』とはひと味もふた味も違った芸術家像を魅せてくれるでしょう。
監督マイク・リー
1943年生まれのマイク・リーは、カンヌ映画祭のパルムドールや監督賞、ヴェネツィア国際映画祭の金獅子賞など、華々しい受賞歴のある監督です。
私が『ターナー』以前に見たのは『ヴェラ・ドレイク』(Vera Drake)と『秘密と嘘』(Secrets & Lies)。
『秘密と嘘』は「脚本なしの映画」という斬新な手法が話題で、興味深く映画館へ見に行った記憶があります(今確認したら1996年公開だそうで…。若かった頃に見た映画だったんだなあ…)。
ちなみに『秘密と嘘』ではティモシー・スポールが主人公の弟役でした。と言っても、まったく覚えてないのですが(^^;)。今度、じっくり見直してみたいです!
あらすじ紹介(ネタバレあり)&感想
映画『ターナー、光に愛を求めて』の出だしはスケッチ旅行中のオランダ。前半・中盤では、すでに英国で画家としての名声を確立し、一層熱心に制作に打ち込むターナーの姿が描かれます。
ターナーが「ダディ」と呼ぶ父親、ウィリアム・ターナー・シニアは、老体にムチ打って絵の具を作るなど、ターナーを献身的に支えています。
母親は亡くなっているため登場しませんが、父子から散々な言われようをしています。精神を病んでいた母親の愛情を受けられなかったターナーは、女性を心から信用できないのか、娘まで成した相手にもつれなく、我が子にも無関心。
展覧会の会場へ行くと、周りから敬意を持って迎えられ、彼が画壇で評価・注目されていたことが分かります。
同時代の有名人も登場
ちなみに、展覧会で声をかけあうのがジョン・コンスタブル。日本ではそれほど知られていませんが、ターナーと並ぶイギリスを代表する風景画家です。
また、イングランド銀行の建築を手掛けたジョン・ソーン(Sir John Soane)も登場します。
余談ですが、この人は大変な収集癖と一風変わった建築のセンスを持ち合わせていた人で、現在その屋敷がロンドン西部のLincoln’s Inn Fieldsで公開されています。
数年前、改修を終えて公開が始まった折に見に行ったのですが、エジプトの遺物からローマ彫刻、イギリス絵画が所狭しと並んでいて圧巻でした。
ただし屋敷内は完全な迷路状態で、ボランティアの人にルートを訪ねたら「私もまだわからないのよ〜」なんて困ってました(笑)。
興味があったら行ってみてください→【公式サイト】Sir John Soane’s Museum
「美しくない」ターナーの世界
映画では当然、ターナーがスケッチや本画制作をする場面が何度も出てきます。
これは「画家・ターナー」のファンとしてはじっくり見たいところかもしれませんが、その姿は決して美しいとは言えず、時には不快感を感じることも…。
しかも、あまりじっくりとターナーの絵を見せてくれず、不完全燃焼な気持ちにもなります。あろうことか、ヴィクトリア女王と夫のアルバート王子が「汚い絵」と酷評する場面まで出てきます。
リアリティを追求するマイク・リーの狙いかもしれませんが、もう少しターナーのファンを喜ばせても良いのでは…(^^;)?
絵画の臨場感を高めるため、自分を嵐の中で船のマストに縛り付けさせるターナーのシーンは、実際伝えられている逸話に基づくもの。
鬼気迫る画家の迫力は伝わりますが、つばを吐くなど汚らしい制作態度、家政婦など周りの女性達への扱いのひどさは目にあまり、とても感情移入できません。
実際、観た女性からは「ターナー、キモい」とという声が多く上がっていたようです…。
反面、ターナーの風景画そのままの景色は、素晴らしいカメラワークで切り取られています。
理解を得られにくい気難しい画家の言動と、その心象風景との対比が鮮烈でした。
晩年のターナーは、心を許せる女性と出会い…
ターナーの人生の後半に登場する一人の未亡人、ブース夫人。
スケッチ旅行で泊まった宿屋の女将さんである彼女は、屈託なくターナーを「良い人」と呼びます。
2人は一緒に暮らすようになりますが、彼女といる時のターナーは「普通に楽しいおじさん」といった雰囲気(年齢相当のくたびれ感はありますが…)です。
正直最初は、ちょっと気持ち悪い人のターナーが、また他の女性に手を出して…という不快感がありましたが、2人の生活は楽しそうで明るくて、今までとはガラッと印象が変わりました。
初めて肖像写真を撮ってもらったターナーが、「一緒に撮ろう」と怖がる彼女を連れて行くシーンなど、微笑ましいシニアカップル以外の何ものでもありません。一緒にいる人によって、こうも変わるんですね!
ブース夫人は、この映画とターナーの人生に清々しい光が差し込んだような、一種の救いを感じさせてくれる天使のような存在でした。
画家としては、とある大富豪に「すべての作品を買い取りたい」と高額な値を提示されます。確か100.000ポンドだったかかと思いますが、今の時代なら、きっと円にして何十億くらいではないか??と勝手に想像。
それをターナーは「自分の作品は1箇所にまとめたいので」とあっさり断ります。
「もったいなーい!」と叫んでしまうような話ですが、ターナーが売らなかったおかげで、現在でもロンドンで彼の作品がまとめて見られるのですね。
やっと感じが良くなったターナーですが、皮肉なことに年齢による衰えが心身に忍び寄り、ブース夫人を残して先立ちます。
マイク・リーはそのシーンもさりげなく、淡々と描いています。残された女性たちの表情の違いが、それぞれの性格や思いをよく表しているのが感慨深かったです。
さりげないリアリティ表現の妙に触れられる映画
『ターナー、光に愛を求めて』は、美しい風景画を描いた画家のストーリーながら、けして美しい映画ではありません。
むしろ、人間の汚さや卑小さを感じさせる場面が多くでてきます。
性格や見た目に負の部分をたくさん持ち、醜い自分を自覚していたターナーが描いた心象風景は、美しいというより儚さ、曖昧さを感じさせるもの。
マイク・リーが描こうとした、画家の複雑で混乱した胸の内、老いのリアリティといったものを、ティモシー・スポールが見事に表現しています。
名優と名監督のタッグ、そして風景を切り取るカメラワーク。
この2つのポイントが、この映画の質をワンランクもツーランクも上げていると思いました。